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デジタル化には情報弱者への配慮を

=取り残される中高年の本音=

2020年07月31日

新型ウイルス

主席研究員
米谷 仁

 昨今、新聞各紙は「デジタル化を急げ」の論調一色である。新型コロナウイルス禍をきっかけに、わが国のデジタル化の後れが浮き彫りになったからだ。10万円の特別定額給付金の支給について「オンラインより紙で申請した方が速い」と聞き、あぜんとしたのは筆者だけではないだろう。オンライン診療やオンライン授業も国民の期待通りには普及していないのが現実だ。不満の声に押される形で、国や自治体もようやく行政サービスのデジタル化を急ぎ始めた。

写真特別定額給付金の申請画面
(写真)松林 薫

 もっとも、世間の期待が高まる一方で、筆者には不安もある。このままデジタル化が加速すると、中高年が取り残されるのではないかと感じるからだ。

 他の主要国と比べると、日本がデジタル化で後れをとったのは事実。しかし、今の段階でさえ、「世の中の流れについていけない」と感じている人も少なくないはず。実は、現在57歳の筆者もその一人である。

 筆者は2019年11月に転居した。住所が変わると、地元の役所に転居届けを出すだけでなく、郵便局や金融機関、クレジットカード会社などでも住所変更をしなければならない。その際、民間企業のほとんどはオンライン手続きを推奨する。電話でも受け付けているが、いつ掛けても「ただいま電話がたいへん混みあっています...」という音声が流れ、ネットでの手続きを勧められる。

 そこで一念発起して、スマートフォンからのオンライン手続きに挑戦してみた。ところが、これがうまくいかない。画面の指示通りやっているつもりなのに、「入力が正しくありません」という表示に何度もはね返される。どこが間違っているかさえ分からず、何度も途方に暮れた。そんな苦い経験があるため、デジタル化の加速には不安を拭えない。中高年を中心にかえって生活で不便を感じる人が、たくさん出てくるのではないかと心配なのだ。

 なぜ中高年はデジタル化についていけないのか。筆者の経験では、最初の関門はカタカナの専門用語。アドレス、パスワード、ダウンロードといった言葉は知っていても、スワイプ、アプリなど人生で一度も使ったことのないカタカナ言葉が出てきて面食らう。日本語の表示でも、「同期する」「友達追加を許可する」といったボタンを押すと、何が起こるか分からずたじろぐばかり。「たぶんこんな意味だろう」と割り切って先に進もうかとも思うが、取り返しのつかない事態に陥ってしまったら...。そう考えると、二の足を踏んでしまうのだ。

 その不安を増幅するのが、分かりやすい取扱説明書やマニュアルがないことだ。筆者の世代は、困ったときには紙の説明書を調べて対処してきた。ところが、スマホなどのIT(情報技術)機器やネットサービスの多くには、それがない。オンラインのマニュアルはあっても、それを使いこなすのが難しい。慣れている人は、親切な個人がブログや動画投稿サイトなどで提供する非公式の解説を検索して使うようだ。しかし基礎知識がなければ、情報洪水の中でどの情報が信頼できるのか見極められない。

 こうした知識面での問題に加え、歳をとると肉体的にもハンディキャップを負う。老眼が進み、小さい文字が判別しづらくなるのだ。アルファベットで言えば、「Vとv」といった大文字と小文字や、「O(オー)と0(ゼロ)」「qと9」といった数字との区別が難しくなる。

 当然、記憶力も落ちるから、パスワードなどはすぐに忘れてしまう。筆者もキャッシュカードやクレジットカードを使うため、たくさんのIDやパスワードを持っている。ところが、頻繁に使うもの以外は忘れてしまう。特別定額給付金の申請でも、マイナンバーカードの暗証番号を忘れた人たちが市役所に押しかけて話題になった。

 注意力も散漫になり、自分でも驚くような間違いをする。筆者は社内手続きで妻の生年月日の欄に1941年(=戦前の昭和16年、本当は昭和41年なのだが)と書いてしまい、人事部から注意を受けた。一文字一文字を紙に書くのでさえ間違えるのだから、タッチパネルから入力するとなると、いよいよ間違いが増える。ケアレスミスが多いという自覚があるので、だれかに確認してもらうことなく入力を確定することには恐怖を覚える。

 もちろん、中高年を一括りにできるわけではない。高齢でもITに通じた人や、記憶力や注意力が確かな人は多いだろう。しかし、仕事でパソコンを25年使ってきた筆者でも戸惑うことを考えれば、無視できない数の人が不安を抱えているのは間違いない。実際、「平成30年通信利用動向調査」(総務省)の結果を見ても、40代から70代の年齢層では4人のうち3人以上がインターネット利用に不安を感じている。個人情報が外部に漏れていないかを不安視する人は85%に達し、電子決済の信頼性に不安を感じる人も38%に上る。高齢化がこれから加速していくことを考えれば、なおさら心配になる。

 今後デジタル化を進めるにあたっては、こうしたデジタル弱者をサポートする仕組みが不可欠だろう。例えば、公民館など身近な場所に行けば、オンライン手続きを対面で手伝ってくれる公的なサービスがあれば安心だ。筆者には、ある金融機関のオンライン手続きで行き詰まり、支店の窓口を訪ねたらすぐに問題が解決した経験がある。制度を整えて担当者に守秘義務などを課せば、民間にサービスを委託することもできるだろう。

 インターネットが急速に普及した2000年ごろ、ITを使いこなせるかどうかで貧富や機会の格差が生じる「デジタルデバイド」への懸念が高まった。当時に比べるとそうした議論は下火になっているが、改めて対策を考えるべき時期が来ているのではないか。情報弱者も含めて受け入れられるデジタル化でなければ、社会全体の効率性向上には繋がらないはずだ。

米谷 仁

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